2005年3月1日、私たちにとってはじめての赤ちゃんが亡くなりました。やっと9週目に入ったころのこと。診断は稽留流産(けいりゅうりゅうざん)。子宮内で胎児・胎芽(7週目までは胎児ではなく、胎芽といいます)が亡くなってしまうタイプの流産でした。
早期流産(12週未満の流産)の流産率は全体の15%くらいと考えられ、胎児側の要因(染色体異常など)がほとんどだそうです。つまり、母体側の要因、男性因子であることは少ないので、1度流産したからといって次回も・・・と心配することはないのです。ただ、繰り返し起こるようだと、自然淘汰とは言いがたく、何か原因がある可能性も考えられます。
一般的に流産というと、出血や腹痛を伴うものですが、稽留流産では無症状のまま子宮内に胎児がとどまっているケースがほとんどです。私もそうでした。診断されたときは、お医者様に淡々と処置について説明され、専門家がそう言うのだから、そうなのかなといった他人ごとのような気持ちで、実感はありませんでした。
稽留流産ほか、進行流産(子宮口が開き、胎児が外へ出ようとする状態)、不全流産(胎児や胎盤などの一部が子宮内に残っている状態)など子宮内に胎児・胎芽などがとどまったままの場合、子宮内除去手術を行います。内容は中絶手術と同じで、子宮内の胎児を掻き出すことになります。子宮内の胎児は亡くなってしまうと、母体にとっては異物となり、そのまま放置すると大出血するなど危険な状態に陥ってしまいます。なので、たいていのお医者様は早めの処置を勧めます(自然に胎児が出てくるのを待ってくださるお医者様もいらっしゃるようですが)。
それにしても、医学的にとはいえ、亡くなった途端に内容物とか異物と捉えられてしまうなんて・・・。当時は、なんだかやりきれない思いでいっぱいでした。
私の場合、妊娠中つわりがなかったので、毎回検診でエコーを見るときにだけ、たしかに赤ちゃんがいるんだなということをやっと確認しているような状態でした。流産と診断された時も出血も自覚症状もなし。相当痛いと耳にしていた手術前の処置もそれほど痛みを感じなければ、術後の出血も腹痛もほとんどない。おまけにその後の経過も良好そのもの。最初から最後まで妊婦としての実感がわかないまま、妊娠発覚後たった1ヶ月で赤ちゃんとのお別れとなりました。
前向きに考えれば、実感がないおかげで立ち直りも早かったのかもしれません。今となっては、赤ちゃんが私のおなかに来た時から私に負担をかけないように、そっと逝ってくれたのかなとも思えます。
きっと時間が経てば経つほど、今回の記憶は薄れてしまうでしょう。そうでないと前進できないのが人間です。でも、新しい命を授かったからといって、完全に忘れてしまうことはできません。
2ヶ月ほどの短い間でしたが、たしかに存在した命は、私たちにとって唯一無二のものに変わりはないのだから・・・。